牛尾院長の新着コラム&お知らせ



2400年前の中国の寓話を集めた『列子』という書物にこんな話があ
ります。
酔っぱらいが車から落ちたとき、けがはしても死ぬほどのことはない。同じ人間の体でも酔ったときは、軽くてすむのはなぜか。無心の境地にいるからである。車に乗ったのも知らない、落ちるのも知らない。死ぬのがこわいとか、落ちるのが恐ろしいとか考えない。だから、車から落ちるとき、恐怖心がないのだ。
酔いがもたらす無心の境地でさえこうなのだ。まして天によって心の調和を得たならば‥‥‥‥。聖人は生死、利害を超越し、自分を天にあずけている。だから傷つくことがないのだ。」
▽ このような話は、今でも新聞に目を通していると時々見かけます。
最近の記事から
・東京都内での出来事。マンションの8階から4歳の女児が21m下の地面に転落したが軽傷。母親が気づいて下を見ると、女児は、その直後泣きながら歩いていたそうです。
・札幌地下鉄での話。酔っ払って線路上で眠り込んだ男性会社員、電車にはねられたが、奇跡的に軽傷で済んだとのことです。
・6階から転落した84歳のおばあさん。病院に担ぎ込まれましたが、診察後入院もせずすぐに帰宅しました。奇跡的に無傷だったそうです。
▽ ここに共通する点は、当事者がおそらく無心の状態にあったということだと思います。
無心というのは、すべてのものに対する執着から解放され、とらわれない心のことをさします。とらわれなければ、体は無意識のうちに周囲の環境に同化し、抗することがないので、運がよければ被害は全くないか、あるいはあっても軽微で済むのだと考えます。
言いかえると、無心になることにより、人間が自然の法則と一体化したことで、人智を超えた現象が現れたと捉えることができます。
▽ ひるがえって、私たちの健康についても同一視点から見つめ直してみると、大きな気付きが得られます。
日頃、自然の一部である私たちは、自然の法則にかなった生き方をしているといえるでしょうか。
自然の法則からいえば、自然は共存共栄を絶対条件として成り立っています。自然の中ではこの条件から逸脱すれば、そこに存在することは許されません。
全てのものは、全体の中で調和しなければなりません。自然との調和、社会との調和、人と人との調和‥‥‥。
▽ 最初の寓話の中では、「無心の境地にいたことにより、幸いけがが軽くすんだ。まして天によって心の調和を得たならば‥‥‥‥。聖人は生死、利害を超越し、自分を天にあずけている。だから傷つくことがないのだ。」とあります。
私たちは、常に取り巻く環境との調和を念頭において行動する必要があります。
私たちは、自然のリズムに逆らうことなく、他者との調和を心がけることができれば、ほとんどの病気の根源にある原因であるストレスを排除できます。
自然と呼吸を合わせて生きることの大切さを、今一度思い出してみる必要があります。
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